つくばエクスプレスをご存じだろうか?
かくかくしかじかの諸事情によりその沿線を完歩することを目指すぼくは、つくば駅を出発して、秋葉原駅へと向かっていた。
果たして、85kmに及ぶ道のりを歩き終えたとき、一体どんな感情が芽生えるのだろう?
※旅行記はそれなりに長いので、面倒な方は読み飛ばして、まとめと結論からお読みください。
前編はこちら。
つくばエクスプレス沿線散歩 柏たなか→秋葉原編
消耗戦
田畑の中で迷子にはなり彷徨いまくった末に、何とか脱出に成功。
その後は柏の葉キャンパス駅近くのマクドナルドでスマホを充電し、近くのマンガ喫茶の場所を確認。そこへと向かう。この時点で、すでに午後10時過ぎ。
脚がくたくただ。
漫画喫茶に行くと、横になれる部屋はすでにすべて埋まっていた。
マッサージチェアの部屋しか空いている部屋はないという。正直もう、どこだってなんだって良い。
タノム!オレヲヤスマセテクレ!
自我を失い、唯この一念の権化と化したぼくにしてみれば、休息さえ取れればどこだって構わなかった。テントが欲しいなあ。
マッサージチェア。
2回くらい全力でマッサージを受けて、全力で全身の筋肉を揉み解そうとする。そして、眠る。
しかしぼくは夜行バスで全然快適な眠りを得られない人間で、それなのに横にならずに快適な睡眠を得られるはずがない。
結局4時間程度で目を覚ましてしまった。その4時間も、質の良い睡眠だったかと言えばそんなことはない。
つくば駅から各駅を経由して柏の葉キャンパスに来るまでの最短ルートだ。
これに加えて、みらい平-守谷間で2時間=10kmほど余分に歩いたのと、柏たなか駅への道で迷子になったのとで、昨日の歩行距離は、合計およそ50kmほどだろう。
地図を縮小してみると、げんなりする画面が表示された。
東京まで、まだ半分以上もある。
今でさえ、体がくたくただ。
足は疲労感はたまっているが筋肉が痛むまでには及んでいない。
しかし、肩は荷物をずっと背負い続けたことでかなり凝り固まってしまっている。背中も、張りに張って、逃れようのない地味な違和感を背負い続けるような状態になっている。
ここからさらに、50km近くあるのか……。
世の中には2種類の人間がいる。
この状況で、「疲れたから」と言って電車に乗って帰る人間と、「50kmもあるのか。それならなるべく早く出発しなきゃな」と思う人間と。
ぼくは本来絶対前者なのだが、この時は寝ぼけていたため、後者の選択をしてしまう。
午前5時、漫喫を出発。
意地と意気地のせめぎ合い
午前6時20分。「流山おおたかの森」駅到着。
午前7時。「流山セントラルパーク」駅到着。
午前7時半。「南流山」駅到着。
これにて全20駅のつくばエクスプレスのうち、その半分を制覇。
流山市の移動は、とんとん拍子で進む。
千葉県流山市から江戸川を越えて埼玉県三郷市へ。
この流山橋を越えると、マンション等の高い建物がだんだんと増えてくる。都心部に徐々に近づいてきているのだ。
横にはJRが通っており、さらにその奥につくばエクスプレスの線路がある。
この旅行中、何度秋葉原に向かう電車に追い越されたろう。
何度、つくばに帰れる電車とすれ違ってきたろう。
都心が近づいてくると、ようやく今までの苦労が報われてくる気がする。
午前8時40分。「三郷中央」駅到着。
午前10時35分。「八潮」駅到着。
埼玉県の駅は、以上2つだけ。残すは東京のみだ。
いつの間にか、東京都にはついていた。
今までの県境が大きな川や橋だったためか、ひどくあっけなく感じる。
取り立てた感慨も今はない。頭にあるのは、ただ前に進むことだけ。
この旅行中では初めての、建物が密集した地域。
よく知っているしよく見たことのある光景だが、辿り着くまでの過程のおかげで、新鮮なものに見えてくる不思議。
そして、この辺りから脚に明らかな異変が出始める。
太ももが上がらない。股関節が開かない。ふくらはぎが張りに張っている。足首を上方に曲げるたびにすじに鋭い違和感が走る。
できるだけ、体を大げさに動かさず、水平に動くことを意識する。
二足歩行ができる人間から、前に進むことだけを考えるロボットへと変化していく。
午前11時半。「六町」駅到着。
午後0時10分。「青井」駅到着。
午後1時55分。「北千住」駅到着。
北千住付近から、歩くことはついに「苦痛」になっていた。1歩踏み出すことに、痛みと、それ由来の苦しみが生産されるのみである。
考えてみてほしい、「進歩」とか「目標に向かって歩みを進める」とか。そのような言葉を誰もが聞いたことがあるだろう。こんな「歩くこと」を取り立てたメタファーは、誰もが「歩くこと」とその行動の感覚について共通の認識があるから、広く成立するのだ。それほど、行動の基盤ともいうべき動作と感覚なのだ。
そんな基本的な要素が「苦」になってしまえば、後はもうひたすら辛い。特にぼくが今していることなんて、「秋葉原駅に向かって歩いて行くこと」。歩みが辛くなったら、もはやどうあがいても、どうしたって逃れようがないじゃないか。
「ほら、目の前に駅があるだろ。それでもう帰っちまえよ」と意気地なしのぼくが言う。
「馬鹿野郎、ここまで来ておいて中途半端に終われるわけねえだろ。ゴールはすぐそこだぞ」と意地っ張りのぼくが言う。
これまでの道のりを振り返る。
途中つくばみらい市での寄り道や迷子になったところも含めると、およそ75kmほどこれまで歩いてきた。
そしてこれがこれからの道のり。わずか8.6km。
走歩行距離で考えれば、因数分解すれば0kmと同義ではないか。
これはもう、行くしかねえ。
イクシカネエ……。
ほとんど、思考停止である。
これからつくばエクスプレス沿線を完歩しようと考えている皆さん、記憶に置留めください。最後の数kmが地獄です。
そして辿り着く
午後4時15分。「南千住」駅到着。残り3駅。
午後6時16分。「浅草」駅到着。残り2駅。
おかしい。
東京に入ってから、駅間の距離は短くなっているはずなのに、反比例するかのように歩行速度がどんどん落ちている。
南千住駅から浅草駅までなんて、たったの2.7kmである。昨日の出発時なら30分弱で歩けていたはずだ。
それが、今や2時間もかけなければならないほどに、ぼくの脚はずたぼろのガラクタとなっていた。
大河ドラマ『軍師官兵衛』の、出獄後足に後遺症を負った官兵衛の、足を引きずるような歩き方。間違いなく、この時のぼくはあれだった。
午後6時40分。「新御徒町」駅到着。残り1駅。
午後7時10分。「秋葉原」駅到着。
終わった………。
家に帰ろう……。
脚全体の痛みが強烈すぎて、階段をまともに歩くことができない。エレベーターに乗って地下のホームに行く。
11月27日午前10時、つくば駅出発。
11月28日午後7時10分、秋葉原駅到着。
総移動時間31時間10分。総移動距離およそ85km。
31時間かけてつくばから秋葉原まで行ったあとは、45分でつくばへと帰る。
果たして、全ての道のりを歩き終えて何かが起こったのだろうか?
まとめ:つくばエクスプレス沿線を完歩して起こったこと。
①脚が死ぬ。
読んで字のごとく、脚が死ぬ。2日間くらいはまともに歩けなくなる。
上記の長い旅行記は、ひたすらそれを伝えるために書かれたものといっても過言ではない。
老後、このような状態が恒常化しないよう、常々脚は鍛えておきたいものである。
マラトンからアテナイへ先勝報告のために駆け抜けた兵士が、アテナイ到着後息絶えたという話を思い出し、「そりゃ死ぬわ」と理解する。
②つくばエクスプレス沿線の全駅名を覚えられる
はい、「つくば研究学園万博記念公園みどりのみらい平守谷柏たなか柏の葉キャンパス流山セントラルパーク流山おおたかの森南流山三郷中央八潮六町青井北千住南千住浅草新御徒町秋葉原」。
以上全20駅。歩いてしまえば、もはやつくばエクスプレスの存在は他人事ではない。人間、自分事になれば物は覚えられてしまうものである。
山手線ゲームで勝てること間違いなし。
③別に誰も褒めてくれない
というか、そもそも話題に出しづらい。
「あ、そういえば俺さー、こないだTX沿線歩いて秋葉原まで行ったんだよね~(ドヤ」
どんな会話の流れだ。
仮に言ったとして、
「へ、へ~、そうなんだ、すごいね!(ニガワライ」
「へ、へ~、そうなんだ、すごいね!(アキレワライ」
この辺りが関の山。
④半端ないって!達成感半端ないって!
嘘です。
何かを成し遂げるというよりは、ひたすら体力を消耗していく戦いだったので、思ったほど達成感はなかった。
思ったほど、というかほとんどなかった。
北千住駅を出たあたりから、あまりの疲れに「早く帰りたい……」という思いが強まるが、反比例して歩行速度は遅くなるので地獄である。
⑤つくばエクスプレスに乗る際に、圧倒的感謝の念をもって利用できるようになる。
「己の肉体と技術に限界を感じ 悩みに悩みぬいた結果彼が辿り着いた境地は」
「感謝であった」
ネテロ会長もびっくりの、つくばエクスプレスに対する圧倒的感謝。
正直、これを得たことが一番大きい。
何だかんだ文句を言っても、結局つくばエクスプレスがなければ不便だという人もたくさんいるのだ。
No TX, No Life.
運賃が高いことに関してはブーブー言うが、それ以上にその存在自体への有難みは高まるばかりである。困ったジレンマだ。
結論
つくばエクスプレス沿線を歩くことは全くお勧めしないが、歩くことによって得られる感謝の念もある。が、それを差し引いても全くお勧めしない。が、それでもするのであれば、十分に足腰を鍛えてから行くことをお勧めする。
では!