初版 ぼく語辞典

【留学雑記】『ラトビア留学』から『欧州留学』へ

Labdien~

さて、気が付けば留学生活も折り返し地点に入っていました。
この辺りで、自分なりの『留学生活』というものについても、今後書いて参ります。

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ラトビア留学へ

現在およそ5ヶ月半経った留学生活をざっくり振り返ってみると、
 
  • 8月30日:ラトビアの首都・リガに到着。
  • 9月10月:ほぼリガの中で生活。
  • 11月:初めて日をまたいでの国外旅行へ(ロンドン2泊3日)。
  • 12月:このブログを始める。オランダやバルカン半島へ行く。
  • 1月  :バルカン半島・フランス・スイス・ドイツと欧州周遊。
 
誤解を恐れずに言えば、そもそもラトビアに思い入れがあってこの国に来たわけではありません。
「ひとまずどこでもいいから、飛び立っちゃおう。日本から離れよう」、もともとはそんな意識です。場所はどこでも良かったんです。
 
僕の『○○留学』の空欄部分に入る土地名は、あらゆる場所に開かれていました。
そして最終的にラトビア共和国へと飛び立ちました。
そのあたりの詳しい経緯は、こちらの記事を後ほどご参照ください。↓

latvija.hatenablog.com

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未知の場所へと空間的に移動すれば、大なり小なり必ずインプットはあります。
街のつくりは違う、料理の味は違う、聞こえてくる言語も違う。
そしてそれは「楽しい!」「面白い!」という感情に繋がります(時にはストレスになることも勿論ありますが)。
友達もできますし、そうなれば、住めば都。結果的に、ラトビアという国は偶然にも僕にとって重要な場所になりました。
住んで都となったことで、僕の『○○留学』は、晴れて『ラトビア留学』となりました。
 
もともとの留学理由の一つは「移動の容易なEU圏のどこかに留学して、ヨーロッパ中を巡ろう」であったはずが。気づけば、ラトビアでの生活だけで満足してしまう状態が、出来上がりました。
ラトビアに、日本との差異が多いことは間違いありません。しかし、日本国外、どこへ行こうと何かしらの形でそれは存在します。
ところが留学初期の僕は、他の日本国外の土地と比べた差異の程度や質の差は無視して、ラトビア国内だけでそれを味わい切った気になっていました。何よりもまず、元々の無知さが要因です。

色々と日本と異なるものを見て聞いて、TwitterやInstagramに投稿する。
それだけで留学によって良い『経験』をしているつもりになっていた自分が、心のどこかにいた点は否めません。
 

欧州留学へ

大学の先輩の言葉で、以下のものが印象に残っています。


「経験値っていうけれど、店を知るとか街に詳しくなるとか、そういうのはその気になれば、いつでもネットで調べて知ることができるんだよ。

ポケモンのスイクンって、出会ってもすぐ逃げちゃうでしょ?
それだと経験値ももらえないし、自分のものにもならない。でも多くの人は、スイクンを見ただけで経験をしたと勘違いをする。勘違いしているだけで、実際自分の武器は何も手に入ってないんだよ」
 
これは日本を出国してから言われたことですが、まさにこの状態に陥ってしまっていたのです。なんてこった。これじゃあ井の中の蛙だよ!
 
慌ててラトビアを一度飛び出したのは11月下旬。
経験を消化するだけじゃまずいと、本格的にこのページで記事を書き始めたのが12月。
それから12月1月とヨーロッパ内計11か国を訪れ、この留学はようやく空間的にも、意識的にも『ラトビア留学』から『欧州留学』へと広がりつつあります。
 
ここにきてようやく、もともとこの地に来た理由の一つが再帰。
 
ただいま井の中の蛙は満を持しまして、もう二回りサイズの大きな井戸に引っ越してまいりました。
はやく住み慣れて、このヨーロッパ全体を僕にとっての都にしていこう、と留学生活折り返し地点にきてやっと思うようになったこの頃です。
 
空間的な行動範囲の広がりは、上にあげたような各地へ行ったことにより生まれました。
意識的な広がりは、今後も留学雑記として、記していこうと思います。

では、Atā!